2008年11月06日

「追補:教育と同性愛」に関連して

この二つ前の記事「追補:教育と同性愛」に頂いたコメントに返事しようとしたんですが、何故かsensaaブログが気まぐれを起こし、エラー連発で投稿できません…(ときどきこういうことが起きます(涙))。ちょっと今の予定的に機嫌が直るまで待てないので、記事の形で投稿いたします。すみませんがご了承下さい。
もともと結構長いし、書いている内に、頂いたコメントの直接的な答えというより持論の展開になってるので、その方が違和感ないかも知れません。

そういうわけで、コメントを下さった皆様、ありがとうございました〜!!


【コメント回答兼記事】


>naomiさま

保護者の方の反応は確かにどんなもんかなと思いますよね…。
先生はかなり難しい舵取りを迫られるでしょう。この続きのコメでも少しふれましたが、多分、公民とか国語の教材選びを上の方でやって、先生はとりあえずその内容に触れるとか、でなければ外から道徳の時間みたいなときに人を招いて話してもらうくらいが精一杯でしょうねえ。
naomiさんのお話も楽しみにしてます!!
…でも、まずは漫画頑張ってw


>エイコンブさま、ゆんゆんさま
(話題がつながってるんでお二人一緒のレスで失礼します)

エイコンブさんの大変真摯な姿勢、リスペクトしております(そしてこちらこそ、いつもこの上なく魅力的な萌え画像を堪能させていただいております…特に最近のグリエンブーム…!!)。
特に今回のコメントは非常に身近な問題としてお捉えになり、深いお考えがあった上でいただいたご意見だと感じました。大変よい議論の機会を与えていただいたことに感謝しております。
ゆんゆんさんも、私が見落としている論点を的確に指摘してくださりありがとうございます!いつもながら鋭いです。

この件(「教育と同性愛について」)に関して実は私の立場は、半端ながらも「同性愛当事者」に近いです。バイで女性と付き合ったりもしているので…。というか、四年前にサイトをはじめる前はむしろ休日の活動というと二丁目もしくはそれ系の界隈でちょこっと飲みに行くとかいう感じでした(詳しくはこちらに書いてあるとおりです。http://kysko.nobody.jp/801sexuality.html
なので、回答も、まあ、ある意味「バイからの提言」的になってしまい、おそらくは腐女子マジョリティとはかけはなれた政治性を帯びたモノになってしまう傾向があります。その辺を最初にご了承いただければ幸いです。

>(腐女子だが同性愛当事者ではない表現者が)同性愛プッシュしていいものかどうか・・

えー…私はどちらかというと、プッシュしてほしい、です!(笑)
言ってしまえば、これが私の政治的な立場です。もっと広めよう。社会に認知してもらいたい。そのためなら手段は問わない。
他の方のご意見はよく知らないんですが、私としては、ヤオイや百合が、同性でつきあったり、好きな人がいるという現実に対する社会の中の認知度をここまで上げた。それは既にすごいことだと思います。
もちろんやおい・BL関係者の大半がいわゆる同性愛当事者じゃないなんてことはよくわかってます。それでもって、男性同性愛者側にイライラしている人がいることも。
だけど一方で、同性愛者かつBLor百合愛好者という方もおられるわけで、それらの方々が「ありえないな〜と重いながらも、男同士もしくは女同士で恋愛することが当たり前なパラダイスみたいな世界を読むのは楽しいこともある(もちろんイライラすることもあるけど)」という意見を述べているのを読んだこともある。
私も同じように思うことがあって、「これって違うよな〜」な百合でも、無いよりいいと思っています。もちろん、出てきた上で批判はすると思いますけど。
取材は…して欲しいですよね。出来れば。
だけどそれも作風によってはそんなうるさくいわんでもいいかなと思います。例えば古代世界におけるハーレムでの女同士の友情…みたいなテーマで、今のレズビアンに取材して描くのとか変ですし。

別の機会にご指摘がありましたが、一部の女性同人界隈、それも未成年者も含めた層に「なんちゃって同性愛」などと呼ばれるノリがあるのも確かに事実ではありましょう。でも、「なんちゃって」の軽いノリが無条件に悪いわけではないですよね。機会があれば詳しくまた別の機会に取り上げたいですが、問題になるのは、女性の仲良し集団で親密さを深めた結果、それが単に愛し合うというだけでなくて、いやがる人への強要など、セクハラやレイプに近い現象に発展するような場合ですよね。そうなると確かにまずいよなとは思います。
若い人同士の人間関係には希でない、ある種の歯止めの効かなさを考えたとき、混乱を避けるためには「とにかく同性愛はタブー」という古い時代のモラルで縛る方が、つまり寝た子を起こさない方が得策ではないか、という感覚を覚える方がおられるのはよくわかります。
(なお、日本の刑法では同性間のレイプについて規定がないのですが、そろそろ真剣に考えた方がいい問題と思います。先進国でもまだ議論は途上みたいですが、すこし前にフランスで、寮の宿舎内で二人の少女がある少女をレイプしたことにより少年院送りになりました。)

ただ、私の立場はといえば、むしろそういう現状があるなら尚更、若いときから、単なる「性的なお遊び」には留まらない、ライフスタイルに関わるものとしての同性愛を理解してもらうようにしなければならない、と感じます。つまり、同性愛について教えるということは、「同性だからって何でもしていい訳じゃないよ。相手が嫌がったらセクハラだよ。」ということをはっきり伝えるってことでもある。そう思うんです。

個人的な考えとしては、BLや百合をそのまま直接教えるより、まず、同性愛も含め、いわゆるノンケではない生き方があるということを普通に授業で取り上げて欲しいです。実際、道徳とか人権の問題から、歴史、そして国語(文学)に至るまで、人間の性の多様性に触れる機会は事欠かないだろうと思います。現代なら、いわゆるゲイ、ビアン文学の材料は抱負だし、同性愛に特化せずとも、オカマと呼ばれる人たちや性同一障害当事者の手記などもある。または歴史的事象で言えば、古代ギリシアにおける少年愛の伝統、江戸時代の衆道、一部のネイティヴアメリカンにおける同性愛行為を行う語り部やシャーマンの伝統など、多様性を語る材料にはいたるところに転がっています。
また、国によっては子供が欲しい同性愛者が子供を持ち、そのための結婚制度や家族制度が既に存在していますし、今後の日本でもそれは真剣に考えていかれるべき課題の一つとされています。(もちろん欲しくない方、特に結婚という形態に興味のない場合はそれを強制しないとの前提の上ですが。)
しかしこれら多様な事実の殆どが、教育における大抵の現場では扱われることがありません(大学以上になるとさすがに別ですが)。
現状の日本の教育は不必要に性を隠しすぎると感じています。

なお、今、いわゆるBLとも同性愛とも言い切れない事項をいくつかあげたので、戸惑われたかも知れません。ですが、同性愛に特化せずこれらの多様な事例を挙げたのには意図があります。私は、これらのいわゆる「フツー」ではない生き方、ノンケではない性のあり方を私は業界用語で「クイア(もとは「変態」という意味の英語から来ています)な性のあり方」と総称しているのですが、そのクイア性はBLや百合を愛好し支える精神ともどこかでつながっているんじゃないかと思っているのです。つまり、実生活では完全にノンケだけど、BLや百合を愛する方々は、うっすらではあるけどクイアであり、遠いところで例えば私のような人間とつながっているのではないか、仲間なんじゃないかなどと(一方的に)思っているのです。
そのような観点から私は、BLや百合も、上記に挙げた様々な「ノンケではない性のあり方、生き方」に触れるための「教材候補」の一つとして考慮されるべきではないかと考えています。すなわち、BLや百合はあくまでもone of them、いくつかの要素の一つという扱いです。


さて、扱うのが性である以上、ここでもう一つ考えておかねばならないことがあるでしょう。
ゆんゆんさんの指摘とつながると思うんですが、それはいわゆるポルノの扱いです。いわゆる男女の恋愛物語や、歴史において男女の夫婦であった人物の生き方を倣ったからって言って、すぐに男性向けアダルトビデオの話をするわけではないですよね?
不幸な誤解により、BL=女性向けポルノ的な理解をする外部の方も多いようですが、実際にはBLの中身は非常に多様です。単なる友情ものといえる内容から、SM陵辱モノまである。なのにメディア(恐らく現状では男性が多い)は「女性が性に興味を持っている!」というその事ばかりに(無意識に性的な)関心を絞ってBLを理解しようとしますから、何だか勝手にポルノみたいな扱いがされてしまっている。BLについて教育で扱う場合は、まずこの辺の誤解を解くように話を持っていった方がいいんじゃないかなと私は思います。

>「同性愛」と「性教育」は別けて議論した方がいいのかもしれないなあ……と思いました。

ゆんゆんさんの「性教育」は必ずしもポルノのことをささないのかもしれませんが、そういうわけで私も、いわゆる十八禁ポルノ的なBL、百合コンテンツについては、同性愛や非ノンケなライフスタイルを中心的に扱う時にはあまり踏み込まない方が得策かと思っています。
何故ならそれをやると、同性愛や非ノンケの生き方、もしくはBLや百合が過剰に性的なイメージと結びつけられる危険があるからです。そうじゃなくて、同性愛を扱うものの中にポルノ的な内容がたまにあるだけなわけで、これはノンケ男女の恋物語が全て十八禁なわけじゃないのと同じです。同性愛だからポルノなわけじゃない。そのことを、まずわかってもらわなきゃならないと感じます。

でもってその一方で、ポルノについては、まともに扱うのは大学以降に任せていいんじゃないかな…とも考えました。
とりあえず高校までは、「アダルトビデオや十八禁ヤヲイ・BLというものがありますが、そこに書いてあるのは必ずしも現実とは同じではないですよ」みたいな通り一遍の話でいいんじゃないかと思う。
だってコンテンツが「十八禁」だから映像資料として見せるわけにも行かないし。見せられないものを説明するのは難しいですよね…。例えおうちのベッドの下に大量に隠し持ってたとしても。

そして大学でポルノについて考えるには、一応セクシュアリティ研究やフェミニズムといった分野で議論の積み重ねがあるはずです。例えばアメリカでのポルノ反対運動の歴史とか、論争の様子とかを教材にすれば「ポルノとは何か」について考えが深まるでしょう。その上でBLやヤヲイの十八禁についても分析してもらいましょう。それこそ『ユリイカ』特集号でいくつかの論文が取り扱っていたように。

以上、私見を申し上げました。重ねて申し上げますように、これはとても政治的な問題でもあるので、望む社会のあり方、未来のあり方、そしてそのために大人として取るべきと考える行動は各人異なっていると思います。
ですが、私の側にある一人の大人としての覚悟については示すことが出来たのではないかと思っています。そして、そのことについてクリアーにするよい機会をコンブさん、ゆんゆんさんに頂いたこと、感謝していますv

posted by サキオ at 18:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 萌え・セクシュアリティ関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>>(腐女子だが同性愛当事者ではない表現者が)同性愛プッシュしていいものかどうか・・
>えー…私はどちらかというと、プッシュしてほしい、です!(笑)

同意見^^どんどんやってくだしあと思います。

自分の話になってしまいますがすみません。
今は自分がFtMであることを(自認いまだあいまいですが;)普通に話し始めていますが、
去年の夏まではまず、「腐女子(腐男子)」として漫画の同性愛を読んでいる、描きたい、好き、ということさえ誰にも言っていなかったんです。

今年ミクシーのほうでの日記で、BL同人サイトやっているというカミングアウトをしたとき(ハガレンです;)
男性の友人なんかには、「そういうの好きでも描くとは思わなかった」とか言われましたし、
マイミク切られたりしましたが、「好きなものは好きでいいんじゃないの」って言ってくれる人のほうが多くて。

そういう世界(二次創作での同性愛や創作での同性愛)が世の中で広まってきて、すんなりと受け入れてくれる人が増えてる(表現がおかしいですが)ように思いまして
それがあって自分は、ああこういう同人の同性愛に理解のある人たちからなら少しずつ打ち明けていけるかなぁ、なんて思い現在にいたるんですけども。

それは同人をやっているとか、同性愛を読んでいるとか描いているとか、そういうことでもなくて
「そういうものある」とか「それを否定はしない」という考えを持っているというのが重要で・・・。

うまくいえないですが、確かに漫画の同性愛は現実とは違うし、幻想だなぁとかも色々思いますけど。


最近友人(女性)に初めて彼氏と彼女が同時にできた子がいて
(同じ日にってのが笑ったけどwそして2人ともから理解を得られて2人と付き合うことになっててテンパってましたがw)
その子もオタク系の子なのですが、好きな女の子のことで悩んでるような話をされたことがあったけど、
俺はバイで女ではないということをカミングアウトする前で、その子も自分がバイだということをとくに言いもせずに話し始めたんですよね。

二次元のオタクとしてその友人には同性愛とかそういったものに関して、普段から身近にあって、
三次元の女性に対する嫁発言などもガチオタの間で普通になってきたからか、すんなりといつの間にかリアルに好きな女の子の話をしていて・・・。

こんなふうに、好きな人が同性だとか異性だとか気にせずに会話ができるという未来がほんと理想だなぁと思いました。


最近は、腐女子のかたは一人称を「俺」という人が多いらしいということを知って(2ちゃんからきてるのかな?)
自分は「あたし」とかの一人称に違和感をもっていたので、俺一人称がしやすくて嬉しくもあり、「オタクだから一人称が俺」と思われることを不快に感じたりしています。
身も心も女性であるかたに、方言ではなく「俺」と言われると、自分が悩んでいることを思い出してしまいちょっと不快になったり(爆)


文章がヘタでごめんなさい・・・orz
そしてもう少し話したいけど・・・漫画描きますwww
Posted by NAOMI at 2008年11月06日 23:16
レス遅れてスイマセン(汗
ちょっと東京を離れてました。

お話聞けて嬉しいです。それも、書くのには結構勇気のいるエピソードを…どうもありがとうございます!
そうでしたか…カミングアウトはどんな場合でも、結構ドラマですよね。
でも確かにNAOMIさんの仰るとおり、何も心の準備が無くて、ノンケな恋愛ドラマしかないような状況で友達から「実は…」といわれるのと、百合とかBL、漫画を通してでも同性愛やGIDなどの情報があってそういう話を聞くのと、きっと心の準備が違うだろうなって思いますね。(例えば、そういうものを知らない今の50−60代の方に告白することを考えると、けっこう気が重いじゃないですか。)

というか、そう期待したいです…。

>「そういうものある」とか「それを否定はしない」という考え

まず「あるんだな」ってことをわかってるだけでも違いますよね。

>初めて彼氏と彼女が同時にできた

これすごくいい話ですねwwwしかも同じ日!クールすぎるww
しかも特に自分がこうなんだとか意識せず、自然に何だかそうなっちゃって、話にもそのまんまでてくるっていうw
相手がどの性別の誰と付き合ってようが、何人と付き合ってても不思議じゃなくて、しかもそれが誰を騙したとか、裏切ったとかいう話にもならない。ただ好きなだけだし、そういう部分も含めてその人はその人であるという、ただそれだけ。
こういうのっていいなって思います。
ポリガミー(=複数の人と付き合う主義)は世間の風当たりが強いし、難しいこともあるとは思いますが、お友達には人生をとことん楽しんで欲しいですね〜。
別に無理に複数とつきあえって言いたい訳じゃないんですが、自然にそうなっちゃって、周りも受け入れるんならそれでいいじゃん、という意味で。

>腐女子のかたは一人称を「俺」という人が多いらしいということを知って

確かに2ちゃんの影響はありそうですよね。
個人的には、女の子も将来普通に「俺」「僕」を選べるようになっちゃえばいいのに!とか思いますが…あ、これは私が僕女俺女に萌えというだけかw
まあ、男の子自認を持つ方が「勝手に使うな!」な気持ちになるというのも、そうなのだろうなとは思います。はい。

色々またお話聞かせてください。
そして漫画がんばってくださいねー!応援してます!!
Posted by 管理人 at 2008年11月10日 22:49
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。