2009年07月15日

児ポ禁止法問題雑感

今期中は廃案になりそうな流れですが、児童ポルノ禁止法問題に特化した素敵な Twitter アカウントを見つけたのでご紹介します。

http://twitter.com/jidouporuno



以下、私的な感想というか、意見です。

この辺の動き、特に漫画も含めて規制をっていう流れはアングロサクソン、つまり英語喋る人の、特に北米の方々が特に神経尖らせてるという印象があるのですが…。私の勘違いでしょうか。

世界的に児童売春や人身売買が深刻というのはわかるけど、それと実際の被害者がいない表現物の問題はわけて考えて欲しいものだと思っています。

特に、ぶっちゃけ私は日本という国では「芸術的表現」についてコンセンサスが乏しいと感じているので(一部の世代に見られる「漫画はダメ」的なかたくなな反応を見ても…)、「芸術的」でない子供を用いた表現(漫画・アニメも含む)は違法ポルノであり、単純所持もダメ!という話になった場合、すごく極端な反応が起こるのではないかと恐れています。


で、世界的に見ても実写やリアルっぽいくない映像である絵画表現にまで規制をってのはまだそんなにマジョリティでないと思うんですよ。
私の理解してるところだと、アメリカとカナダはかなり漫画も視野に入れた規制を行ってるけど、欧州とか、特にラテン系はもうちょっとユルいというか、もっと現実的な方に関心がいっている印象です。

英国では既に実写以外も違法化されていますが、主に念頭に置かれてるのはリアルな子供に近いイメージのCGや合成画像などの取り締まりで、漫画については規制するかをまだ議論中…のはず。
で、例えばこの記事(http://www.theregister.co.uk/2009/03/17/cartoon_badness/)なんかをみると比較的冷静な話し合いもあるように見えるんですよ。

同記事(明らかに規制には懐疑的)には法規制に対する質問が紹介されてて面白いです。

「漫画を規制して、児童虐待が減るという証拠はあるのか。小児性愛愛好者が漫画で欲求を発散させる手段を失い実写ポルノに向かうだけではないのか。」

「子供の性描写がある作品を規制すると言うが、ではどのくらいの頻度で性描写が出てくれば規制対象となるのか。」

などなど。

また、この文章の中で合衆国コミック弁護基金(US-based Comic Book Legal Defence Fund 略してCBLDF)という団体のGeoff Brownstein氏の言葉が載せられていて、共感したので訳します(意訳になってるところもあります)。

「児童ポルノというものは写真による犯罪の証拠です。そして実在する子供達を危害から守るために法の限りにおいて訴追されなければならない。ですが創作や芸術作品の流布においては実在する子供は傷つけられていません。また、芸術は青少年の性的虐待や、青少年の性の目覚め、そして人間の経験の一部を成すような他のトピックなどへの意識を喚起する問いを投げかけることも出来るのです。
この米国や英国の法のように一斉禁止という態度のもとでは、これらの問いは圧殺されてしまうでしょう。人々を萎縮させ、話をすることが出来ない雰囲気を作ってしまいます。
しかし実際には、話をする機会が多い方が、話さないでいるよりも、より多くの人々を保護することが出来るのです。このようなわけで、これらの法は善良な意志に基づいてはいたのでしょうが、非常に間違った方向に進んでいると私は思っています。」



「実際にやること」ではなく、「実際にやったら罪になる描写」までも禁じるということは、結局、人間の経験(犯罪も含めて)を共有する機会を一つ奪うことだと思うんです。例えそれが、本当に快楽のために虐待を行っているなどのどうしようもない犯罪のシーンを描いたのであっても。
そういうことをするのは一様に社会から排除されるべき存在だから、そいつの考えなど知る必要はない、と私は思わない。例えば何故殺人者が殺人を犯すのかを、考えてみることに意味がないとは思えないように。
人間が取りうる多様な行動の、ある極端な一形態について、それをネガティヴだからとただ蓋をしてしまえば、結局それは人間に対する理解が一つ減ることにつながってしまうと感じる。


まあ、そこまで考えなくとも、例えば、殺人者の側の視点から描かれたサスペンスドラマや映画などはありますよね。
そのような表現が合法なのに児童ポルノでは、それも漫画ですら、映像表現があったら一気に摘発される危険が生じるというのは理不尽だと感じます。
そして毎度のことながら、どう考えても特殊な宗教的・文化的バイアスと無縁ではないであろうアングロサクソン(しかし彼らは自分達の文化を世界標準にするのがうまいんですが)系の方針がここまで国際社会でクローズアップされることに危機感を感じる。



とはいえ、アングロサクソンに辛辣なことを書きましたが、一方で米国では漫画の検閲に対する戦いに歴史的な蓄積があるようですね。極端なことを言う人が多い国にはちゃんと戦う人たちも居るんですよねw
この辺はバランスが取れていていいと思う。

以下、やはり同じ記事で紹介されていた各種団体や個人のリンクを参考までに(というか自分用に)メモしておきます。

Welcome to the Comic Book Legal Defense Fund!
http://www.cbldf.org/

先ほどあげた合衆国コミック弁護基金です。漫画検閲に対する戦いを支援する基金だそうです。検閲されたコミックのデータベースも作ってます。

英国にも漫画表現の権利を訴える団体があるようです。

http://www.comicbookalliance.org.uk/



あと、蛇足かもですがNeil Gaimanという作家のブログ記事も面白そうです(未読)
ハンドリー事件(Handley case)という、ロリコン漫画所持者が訴えられた件について意見を求められ書いた記事が載ってます。

http://journal.neilgaiman.com/2008/12/why-defend-freedom-of-icky-speech.html



長くなりましたがこの辺で。







メッセージなどありがとうございます!!
特に昨日は鋼サイトの方に色々な意味で一区切りついた感じの作品をあげたあとだったので、すごく嬉しかったです^^
レスはまた後ほど書かせていただきますが、まずは取り急ぎお礼まで…!
posted by サキオ at 13:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あ、これ私も同意です。
ネガティブな思想は、一概に良いとは言えませんが、だからと言って必ずしも悪いワケではないと思います。
どうして「人間の多面性」を社会は認めたがらないんでしょうね。「良い人間としてあらねばならない」ように仕向けるんでしょうね。

犯罪者に対する更生も含め、近年の社会傾向って罪に対する許容が非常に狭くなってきているような気がします・・・
というか短絡的になって来てる気がします。

「悪いヤツに生きる権利はない。何でこんなヤツの為に税金かけなきゃならないの?すぎさま死刑にしてしまえ」って意見がとても多い。
それは危険な思想だと私は思えてなりません・・・
Posted by せがわ at 2009年07月15日 16:59
>許容が非常に狭くなってきている

うわあ…同意です…。
なんか、全体的な閉塞感とか、不安とか怒りとかのはけ口を求めているような、そういう感情を感じるんですよね。

余裕がない感じがして、私も最近の雰囲気は怖いと感じています。
こう、わかりやすいターゲットを用意してそれを叩いて、考えるヒマのない国民にそれを見せて、ちょっとガス抜きすればいいや、みたいな。

児ポ禁止法自体は「外圧」の方が大きかったかも知れないですが、それにしても、この法律に時間かけるより子どもの安全守るために他にやることありそうだよなあとも思ったり。
(これは北米の状況についてもそう思うんですけどね!)

ほんと、やな雰囲気ですよね…。

Posted by 管理人 at 2009年07月19日 02:43
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