2009年07月19日

ヱヴァ映画「破」感想

ヱヴァ映画を見てきました。ご一緒させていただいたS子さんと語り合い帰ってきました。

うーん、やはり流石ヱヴァ、色々な意味で一日の思考を持っていってくれましたよ…。
以下、感想です。ネタバレご注意。

長いです。直後の勢いで書いてるので粗いのと、真剣になってしまってるので文体が硬いかもですが、ご容赦下さい。



* * *



新劇場版ヱヴァ、それは言ってしまえば、原作者自らが行った「逆行モノ」なのだろう。
(注:「逆行モノ」=エヴァアニメが終わったとき、最終回に衝撃を受けたファン達が「俺だったらこうする」的な二次創作を作っていたが、その中に、「最終話を経た後、時間を遡ってシンジがもう一度最初から話をやり直す」シリーズというのがあり「逆行モノ」と呼ばれていた。)

そして新劇場版は今回の「破」により、映像美と躍動感、エンターテイメント性を前面に押し出した作品としての方向性を明確にしたと感じた。同時に、前作にあったある種の「狂気」、精神汚染力――のようなものは消えていたように思う。
なお、このエンターテイメント性というのはスタッフ自身が自覚的に押し出したものでもある(例えば劇場版パンフレットに載せられたインタビューにおいて鶴巻氏は「当初『新劇場版』でめざした分かりやすいエンターテイメントとは…」などと言及している)。


思い返してみれば前作の庵野エヴァ、すなわちアニメ版はもともと何か元のプランから「逸脱した」ものであり、それゆえに強力な磁場を放ったという作品であった(シナリオ準備稿を見ればそれは明らかである)。
とりわけテレビ版の弐拾四、弐拾五、弐拾六話および、その作り直しでもある劇場版End of Evangelion(以下EOE)は強烈だった。そこでエヴァンゲリオンという物語は、いわゆるあの時間帯のアニメにはお約束であったエンターテイメントとしてのあり方から大きく外れ、「私とは何者か」「他者といかなる関係を切り結ぶべきなのか」という、自他の境界線や、他者との関係性といったテーマを扱う物語へと急カーブを切っていったのだった(結果、自我の葛藤というドラマが前面に出すぎて、心理的な問題により世界の成り行きが左右されるといういわゆる「セカイ系」の物語へと変貌し、SF的な舞台設定のリアリティは損なわれた)。
こう考えると、前作、とりわけEOEでどちらかというとアスカの方がヒロインとしてクローズアップされていたのも頷ける。何故なら、 彼女はまさにシンジにとって血縁でもなく、よくわからない異性であったという点で「他者」であり、いわば外界の象徴であった。だから、他者との関係性に葛藤する上で彼女のイメージが突出していたわけだ。

それが今回はいわば王道に戻った。結果、美しい映像と魅惑的な謎の散りばめられた新劇場版は、見ていてわくわくするような「主人公が謎を探究し冒険して自己を確立する物語」になっている。身体の内側をひっかかれるような、あの緊張感と痛みに満ちた「他者」を巡る物語は、多少痕跡を留めているものの毒を薄められた。例えば父親との関係や大人の世界の理不尽さといった別のキーワードでも説明可能なくらいに。
このことを最も雄弁に物語るのが、レイのポジションの変化であろう。楽しい「謎解き」の物語となったヱヴァにとって必要なのは最早「他者」ではない。物語の「鍵」となる存在である。すなわち、生身の女の存在が持つ重さとはまた別の、物語世界の構造という重みを背負った少女、レイ。彼女に物語がクローズアップされる形となっている。
だから「破」のラストにおいて、少年は敵=使徒に取り込まれてしまった少女めがけて、手を伸ばす。彼は彼女を救いたいと願い、己の身が崩れていくのをも厭わない。「綾波を返せ」「君の代わりはいない」と彼が叫ぶこのシーンは今作のクライマックスである。二人はどうやら初号機と使徒の身体を通じ、融合に近い状況になってしまったようだ。

しかしこの展開により、前作の、他者と切り結ぶことによる緊張感のドラマという方向性は全く失われた。それと同時に、前作を貫いていた(ように私には感じられた)狂気にも似た感情のほとばしりのようなものも。
新作におけるレイとの「接触」シーンは、EOEで何度も繰り返し現れた、他者と触れあう事による浸食や、拒絶への恐怖というイメージと今のところ無縁のものである。それは当然だろう。結局の所、レイは「他者」ではないのだから。彼がシンクロしている初号機=母と同じ何かを共有している少女。もしも前作と設定が同じならば、彼女は「セックスできる母親」とすらいえる存在である(この表現は私のものではなく前作でも言われていたこと)。そこに他者性との遭遇よりは安心感を、意外性よりは美しい予定調和を見たと感じてしまうのは私だけだろうか。

(なお、一部の批評では「純愛」と表現されている展開ではあるが、もし仮にそこに恋愛・性愛の感情があったと仮定した場合、この二人の組み合わせは、クローニングと未知の生命体という回路を迂回してはいるものの、基本的に近親姦的な色彩を帯びている。この辺について制作陣が自覚していないとは思えないが、どのように処理するのだろう?疑問は残る。)

新キャラ、マリについては、基本的には魅力的なキャラであると思ったが、鶴巻氏のインタビューで定義されていた「破」、すなわち「これまでのエヴァ世界を壊す役割」という以上のことをまだしていないように感じる。全体として作品そのものの寸が、時間が足りない、「序」を作ったあとで本格的にプロットが組まれた(インタビューによると)ということもあり仕方がないのかも知れないが、冒頭の場面の格好良さで印象づけたあとは、登場シーンや展開に唐突さを否めなかった。「壊しているのだな」というプロセスを見る面白さはあるが、やはりシナリオの完成度という点からすれば不満は残る。

とはいえ、映画自体はエンターテイメントとして素晴らしい出来である。特に映像美は申し分ない。全体的な寸の足り無さもあって前作からすれば劇的に薄くなった心理ドラマの物足りなさを補うかのように、風景や都市、そしてメカニックの美しさは圧巻である。「序」でも背景描写における工業デザイン的な美しさが称賛されていたが、「破」でもそれは変わらない。


観客のトラウマと共振するような表現、内面をえぐり出すような描写のかわりに、適切な距離感を持って楽しめる作品としての安心感と予定調和へ。これは監督自身における時間の流れを示すものなのだろうか?

しかしそうして「変わっていく」ならば何故、彼はエヴァを「再構築」する必要があったのだろう。何度も何度も繰り返し、十年経っても、それはまるで呪縛のようだ。

十年以上前、監督は、宮崎駿を批評して以下のように述べていた(「庵野秀明氏からの宮崎アニメ・スタジオジブリ批判」『スキゾ・エヴァンゲリオン』1996年より。次のURLに抜粋掲載:http://homepage3.nifty.com/mana/miyazaki-annno.html

「基本的に作家のやっていることって、オナニー・ショウですから。それでしかないと思うんですよ。」
「僕の感覚だと、〔宮崎駿は〕パンツを脱いでいないんですよ。なんか、膝までずらしている感じはあるんですが、」

そしてEOEではシンジがオナニーをしていた(ただし上記の文章によるとあのシーンはオナニーたるに足らない何かであるようだが)。さらけ出すことの痛みと、そこから発せられるひりひりするような自我の葛藤の物語がそこにはあった。
今回の劇場版から消えたのはその種のものであるように思う。
恐らく庵野氏は、その種の表現が(少なくともこの劇場版においては)最早必要ないのだ。それを絶対的な喪失と見るか否かで、今回のシリーズとの相性は決まるだろう。それは確かに個々人の感性の問題でもある。

ただ私は、彼がかつて己が批判した宮崎駿の位置に立っているのではないか、そう思えてならない。
十年以上前、己が発したこの台詞を今の彼はどのように読むのだろう。

わからないが、少なくとも第三者としては、この変化を安易に「成熟」や「前進」、「精神の安定」などという言葉で片付けることはしたくないように思う。












…とまあ、こういうことを思いました。なんかすげえ真面目に批評文書いてしまった…。
ひょっとしたらもう余所で散々言われているようなことなのかも知れませんが…。
ちょっと今回は仕事その他であまり情報収集できてないのが痛いですね…orz


なお、いわゆる好き嫌いや萌えに関してですが、うーん、絵を描きたくはなりました。ただ、小説を書く気が起こらない作品だなと思った。
カヲルきゅんが沢山出てきてすごい嬉しかったけど、でもどこか距離を持って楽しんでいる自分がいた。

要は、私はやはりその監督による「精神的オナニー」に連なる部分に最も強く惹かれた人間だということでしょう。

二次書きとしていえるのは、前作は本当に私に言葉をくれた作品だったなと言うことです(特に渚カヲルは、恥ずかしながら私にとって二次創作小説の原点です)。
今回の作品はそういう回路への電流は流れなかった。
ただ、ビジュアル面の美しさは本当に強くて、もうその作品世界に浸って泳いでいたくなるような強い魅力はあるので、イメージを沢山もらったなという気分です。



映画を見た帰り道、渋谷の街のあちこちにパチンコのカヲルやシンジが溢れていました。確か昔、EOEを見たときも渋谷にいたなと思い出した。
時代の流れを感じました。




とりあえず、感想としては今日はこの辺で失礼します。
明日はちょっとまた仕事系の用事が午後にはいるので…。
でも明後日はオフだから楽しみますv


posted by サキオ at 02:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画・アニメ・映画批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。