2009年08月06日

性別違和の多様性

夏の夜は煩悩で一杯です。おまけに仕事もラクになってきました。
なので、平日の夜だというのに性的な話をします(と書くと何かすごいなw)。

要は、既存の「男」「女」っていう二分類が人間の生(及び性)の現実、現実の複雑さに全然即していないんだよねっていう話をしたいのですが、そのためにオ○ニーとかの単語が出てくるし、自分を事例にしてだいぶ赤裸々な話もします。そういうの苦手な方はスルーしてください。

そんな話しをする気になったのは、

これの
http://b.hatena.ne.jp/crowserpent/BL・801/性アイデンティティ/
(日本語混じりURLはリンクうまくとばないのでコピペしてください)

このブクマを読んだことでした。

http://anond.hatelabo.jp/20090728063423

記事の内容はいわゆる匿名日記、のようなものですが、ある腐女子の方がご自分の「性別違和」を綴ったモノで、要約すると次のような内容です。

(A)「女として男の性的欲求の対象になる」のが「気持ち悪い」
(B)だけど女が嫌い(陰口、人間関係の複雑さなど悪いイメージがあるので)
(C)男になりたい気もするけれど、じゃあ女と付き合いたいかというとそうではない。付き合うなら男がいい
(D)男同士妄想で一人H可
(E)女らしい格好は嫌いじゃないけれど胸は欲しくない
(F)出来るなら無性になりたい


この内容について「わかる!」という方も、「うーん自分は違う」という方もおられることでしょう。
記事に反応している人々についてみてみると、TBはちょっとひどいこと書かれてますが、はてなブクマコメント(一番上のリンクから読める)はもうちょっと知的で冷静な反応です。

私自身は、こういう率直で明確な自己分析は大好きです。
己のこともよく分かるから。
以下、なるべく既存の表現(バイとかビアンとか)を使わずに、上の分類法に従って、自分の場合を考えてみます。

自分は、

(A)男性の性的な対象となるのは度が過ぎなければ問題ない。ただし、セックスはいいけど社会的役割については別。男性に、古典的な女性の社会的役割を求められるととても萎えてしまう。そういう人とは続けてセックスしたいと思わない。恋も冷めてしまう。

(B)女性は基本的には好き。「俺様」な男性が非常にキライ。すこし前は「お父さんキャラ」も苦手だった。最近は少し丸くなったのでいずれもやり過ごせるようになった。

(C)付き合うのはどちらでもいい。男女ともに性的な欲望の対象にしているから。
ただしその範囲はやや狭いかも知れない。男性の一部、女性の一部を偏愛する傾向にある。中性よりの男女というか、例えば、男性なら草食寄りで家庭的、女性ならロジカルでシャープな人が好き(FtMさんも好き)…な傾向があるかも知れない。

(D)ぶっちゃけ、オ○ニーするなら実は男女H妄想がいい。もしくは女性単体か女性×女性で。カメラワークは喘ぐ女性が大写しで、男性or攻は手だけとか、消えていたり、顔が見えなかったり。(要はヘテロ男性向けエロビに毒されすぎている。)
男同士も好きだけど、二人の絡みに見とれてしまって、身体的興奮は実はさほどでなかったりする…。男性の身体を見るのは大好きだけど、やっぱ身体が違うという認識があるからだろう。この辺、ヤヲイ好きなくせに自分でも不思議。

なお、男性身体でも、受がやられまくってたり、両性具有(つまりマ○コがあったり)だと男女Hと同様に興奮する。要は結局ビジュアル面では「可愛い子がやられてる」のを見るのがたまらなく好き。ロリショタ臭くて後ろめたいけど…(児ポ法コワイ)。
実技?リバなんでやるのもやられるのも(ry

(E)胸はもう少しあってもよかったけど、出来ればチ○コも欲しかった気がする…っていうか、実はぶっちゃけ、今だに欲しい。将来、身体的負荷がなく整形手術で簡単に作れるという日が来たら付けるような気がw

白状します…。以前そういうSFエロ漫画を読んで大いに興奮しました。多分自分は、フロイト大先生のペニス羨望云々あたりにばっちりひっかかるタイプでしょう(今日、大半の女性にとってその概念は女性性の獲得に関係ないとの説が優勢だそうで。私はばっちりそれを持っていて、確かにヘテロ的女性性は獲得していない気がするので、全くその通りだと思います)。無意味に自分の身体に対して欠落感を抱いている…そして自分でもそれはもうどうにもならない。だから(F)の答えになります。

(F)出来るなら両性具有になりたい。


長い、しかもかなりどうでもいい話満載…けど、自分の欲望はかなりクリアーに分析できていると思います。

というか、ヤヲイその他色々考えてきたおかげで、この辺ほんとにすっきりしてきてありがたい。
思春期からこの方ずっと「自分ビアン?バイ?それともひょっとしてヘテロ?」とか悶々としてましたから。
要は、そのどのカテゴリー(バイ、ビアンといったカテゴリー自体、文化依存的ですからね)からも微妙にずれたところに自分の性的現実はあるわけで。

この年までそんなこと言ってるわけですから、もう多分一生こんな調子でいくと思います。二、三新しい性癖なり傾向なりが付け加わる可能性はありますが。

…もしくは、単に枯れていくという可能性も…orz



ま、要するに人間のセクシュアリティってホント、フクザツなんですよね。少なくとも私は込み入っています。自覚があります。もつれた糸を解きほぐすのにまったく何年かかってるんだか。


この複雑さを十全に追究できるような社会はあまり多くないという現実は知っています(上の日記に付けられたTBの反応を見てもそれは伺える)。マジョリティに合わせて様々な制度は作られていくわけだから。マイノリティとして頑張っていきたいという思いは常に持ってはいるけれど…(せめて同性婚とか)。


ただし同時に、やはり忘れたくないのは、世界を見渡してみれば、「男」「女」の二種類しかいない社会ばかりじゃないということです。

有名なのはインドのヒジュラとかですが、いわゆる「真ん中性」「中性」に近い社会的カテゴリーを設けている社会は結構ある…。構成員はいわゆるトランスセクシュアル、トランスジェンダー、もしくはIS、そのどちらでも無い方々など多様なようですが。
そしてそこでは「同性愛」「異性愛」のカテゴリーも自明じゃない。だって、それは二つしか性がないということが前提にされているから。

西洋がかなり厳格に「男」「女」の二分法社会だったので、近代以降影響を受けた国(例えば日本とか)はあたかも男と女しか居ないようなことになっているわけですが…。

でも「性別二分法」をまき散らした(と私の目には映ってる)当の西洋が、20世紀末からは、この二分法を撹乱し、境界線をゆるゆるにして、同性愛に留まらず、クィアとかトランスとか、FtXとかMtXとか、色々な性指向やらジェンダーやらの概念を果敢に作っていってくれている。そして実際それに合わせて社会も変えていこうとしている。だから彼らは彼らであっぱれだと思います。

これらのこと全て考えてから、上の記事や腐女子について考えると、やっぱ日本なりのクィアの分脈があるんじゃないかなとか改めて考えもします。
つまり、同性愛でもなく、異性愛でもない何か。
しかもこの日記を書かれた方の感覚は決して、孤立したモノではないように見受けられる。むしろ、率直な話、「あ、この人もか」という印象を持った(むしろその意味では、自分の方があまり仲間がいないような…υ)。すなわち、何かまとまった共通する要素を持った方々の集団がいて、それは日本社会の分脈が生んだものだという感じ(インドのヒジュラがそうであるように……とまでいったらいいすぎだろうか)。

それを、周りの人が「そんなこといってないで『女』になりなさい」としか言えない
社会ってとんでもないと思うわけです。
せっかく、何かが可視化されようとしているのに。



えーと、まあ、そんなとこで、ちょっとまとまらないですが。

うわ、長くなりましたw



posted by サキオ at 00:54| Comment(25) | TrackBack(2) | 腐女子・ヲタク論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご無沙汰です。

喘いだりご奉仕する手前的な女性が大写しで男性とわかる手が添えられてる、という写真は写真週刊誌の袋とじで見たことありますねw

触手とか、男性の顔を黒く塗りつぶしてあるというえろ漫画って読みたくないな(そんなに男性キャラを描きたくないなら百合を描け! とか思ってました汗)、と思ってたのにそのグラビアは好きになれたので、なんでだろうと不思議に思っています。ポーズは下品すぎではなかったかと思いました。

私も後日これ考えてみようと思います。
Posted by べにすずめ at 2009年08月06日 23:29
>だから彼らは彼らであっぱれだと思います。

サキオさんはお優しいですが、欧米人はいつも自分達が基準の困ったちゃんに見えて、私なんかはうんざりしてしまいます。
過去は過去でイスラム教徒なんかを「同性愛にふけってるから不道徳」とか言ってたし。
勝手に多様な性のあり方に目覚めるのはいいですが、自分達のものさしを異文化の人間に押し付けて遅れてるだの間違ってるだの言い出すのはやめてくれって感じです。
日本で前近代から緩やかに続いてるバイセクシュアルなありかたも近代化に伴って不可視化されたような気がしますし。
Posted by ゆんゆん at 2009年08月07日 00:11
べにすずめさん:

どうも、こちらこそご無沙汰してます(´∀`)

>触手とか、男性の顔を黒く塗りつぶしてある…

その辺はほんと、感覚というか指向によりますよね。
私はといえば、例えば血が出てきたり、あまりにも一方的に女性がいたぶられているのはだめです。


そういえば、よくは知らないので迂闊なことを書いているかも知れませんが、なんとなく百合好きの女性はヤヲイ好きの女性よりも、穏やかで暖かく、対等なエロ描写を好む傾向が強いのかな?と思うことが時々あります(男性についてはちょっとよく知らないのですが)。

自分の場合、精神的なものとしては百合は好きですが、今まで見た限りでは「ヌケない」と感じることが多いです(芸術的評価とオカズとしての評価は大抵別物なので)。女×女だと、やっぱそっち系の欲を満たすには玩具使いまくりの米国製実写版(要はエロビ)とかになっちゃいますね…(こういう話、不快だったらスイマセンυ)



Posted by 管理人 at 2009年08月08日 17:07
ゆんゆんさん:

いやまったく、彼らが自分達が基準の困ったちゃんというのはまさにその通りで、でも、だからこそ強いんだと思うんですよね。結局…。

やっぱ、空気読んで「何となく」複雑な現実を生きているだけだと、きっちり言語化して「こうなのだ!」と叫んでる人たち(この場合は西洋人)にパワー負けしちゃうんですよ。
近代化以降の日本におけるセクシュアリティのあり方なんて、その意味では敗北と忘却の歴史だなと感じます。ようやく最近記憶の掘り起こしが行われていますが。

そういうわけで、残念ながら厚かましい奴らが勝つわけだけど、同時にその意味では彼らに学ぶところはあると感じますね。やっぱちゃんと言語化して、文字にしないと。
何となく生きてるだけじゃ忘れられて、他の奴らの主張に塗りつぶされて、終わってしまう。

Posted by 管理人 at 2009年08月08日 17:09
レスどうもです〜。
>やっぱ、空気読んで「何となく」複雑な現実を生きているだけだと、きっちり言語化して「こうなのだ!」と叫んでる人たち(この場合は西洋人)にパワー負けしちゃうんですよ。
確かに。しかし彼らの言葉を使っていると彼らの価値体系に取り込まれてしまうジレンマ……。日本のゲイリブ運動とか理論とかは欧米のゲイリブを無批判にそのまま継承しちゃって、相対化できてない辺りが弱いような……。
>近代化以降の日本におけるセクシュアリティのあり方なんて、その意味では敗北と忘却の歴史だなと感じます。ようやく最近記憶の掘り起こしが行われていますが。
うーん、でも明治初期の男色文化なんかも半分制度化されていたようなものなのに、同性愛抑圧的な欧米的な価値観を内面化する過程で不可視化されちゃったというか、欧米の文脈(キリスト教的モノガミー制度とか)に沿わないものは切り捨てられてしまったんでしょうかね。
却って欧米ではマイナー扱い(ですよね?)の異性装の分野などできっちり言語化もしくは芸術として可視化されているので、日本のクイア文化の言語化はそっちに期待したい気もあるのですが……(けど最近そういう人も欧米的な「政治的な正しさ」を追求するあまり、「男らしい」ゲイ中心的なゲイリブ理論に自らを位置づける動きがあるのが気になりますが……)。……と性別違和からだいぶ離れた話になっちゃいましたね、スミマセン。
Posted by ゆんゆん at 2009年08月08日 23:01
サキオさんがレスし終わった後にコメ入れるのも、かなり気が引けるのですが、求められてるような気がするので(独りよがり)。
あ、多分長いです。

やー匿名さんに対する風当たり、ヒドいですね〜・・・
ヒドいっつか、むごい。
前回コメントした、「世間が狭義の方へ傾いてる感じがする」そのまんまですね。
個々での理解は深まっても、社会的に理解を深めるのはなかなか至らないですよね。
アジアに対する日本人の差別的態度も然りですし・・・

ん〜まぁ、発言した匿名さんがかなり乱暴な言葉遣いではあるので、そこが癇に障る感じが無きにしも非ずではありますが・・・
しかもナイーブな問題だったので、「たかだか厨二病だろーが!」って殊更相手の性のあり方を否定する発言をされてるような・・・(笑)。

私的見解ですが、これらのやり取りって、彼女の「無性になりたい」という自己分析に対しての反発ではなく、投げ捨てな物言いにその他大勢がカチンと来ちゃって、そのカチンと来ちゃった人も、問題が問題だけに、「性同一性障害に対する反発から来るモノだ」って勘違いして発言してるんじゃないかな、と感じました。

多分、サキオさんの様に理路整然としてれば、ここまでの反発はないと思うんですけどね。
それどころか、「なるほどね、そんな性のあり方もあるよね」と理解を示す人が多くなるのではないかなぁ。
楽観的ですかね・・・


そんなワケで、私もサキオさんの様に自己分析やってみたら、「自分の中にある、男性としてのアイデンティティを、生涯大事に持っておきたい。それを守る為なら、『(通俗的な)健全な女性である』と偽り続けても構わない」て結果になりました。
ラビさんを守る為なら、なりふり構わんで〜って事でした。

ホント、ポリシー低くてごめんなさいって感じですね・・・
しかも濃いコメでもないのに、長たらしくってすみませんでした・・・
Posted by せがわ at 2009年08月09日 02:46
ゆんゆんさん:

熱い議論ありがとうございますw

>ゲイリブ運動とか理論とかは欧米のゲイリブを無批判にそのまま継承しちゃって、相対化できてない辺りが弱いような……。

そこは苦しいところですよね〜。
しかし西洋人の運動や理論における言葉の力ってのはやっぱバカに出来ない。日本語圏の苦しさって、少なくともセクシュアリティに関しては結局、固有の主張なり運動なりのための言説を自前でくみ上げることが出来てない所にあると思います。
こういうことを言うと必ず、それは西洋的な近代的主体としての生き方を絶対視しすぎているという批判があって、それはそれで一理あるのですが、じゃあ日本語の世界がそれに変わる魅力的な生き方なり言説なりを提供してくれているかというとなかなか厳しいんですよね。
何かどうも、ゲイリブより前の日本語オンリーの世界には「変なことをしてるけど、共同体の周辺でこっそり生きていますから見逃してください」とへらへら笑って終わりみたいなムードしか見つからないんですよ(この辺の態度、ちょっとだけ今のヲタのあり方にも通じるところがあると思います)。
私は詳しくないですが、70年代の二丁目のゲイリブvsそれ以前の世代のぶつかり合いってのも結構熾烈だったみたいです。丁度、上に書いたような対立があって。ご存知かも知れませんが…。

>日本のクイア文化の言語化はそっちに期待したい気もあるのですが……

さっきはかなり手厳しい意見を書きましたが、私もこれには期待したいですね…。
そろそろ機は熟してきてるのじゃないかとも思ったりw

>「男らしい」ゲイ中心的なゲイリブ理論に自らを位置づける動きがあるのが気になりますが……

男らしいゲイが比較的前面に出る一方で、「クィア」の概念がまるで普及しないのは私も気になっているところです。まるで一部のマニアしか使わない用語みたくなってるような…。日本社会があまりにも変わらないので、それどころじゃないってことなんですかね。

すいません、なんか長くなりました(汗



Posted by 管理人 at 2009年08月10日 23:33
せがわさん:

おおー!待ってました(笑)(←また変なプレッシャーをw

>匿名さんに対する風当たり、ヒドいですね〜・・・

ですね〜…

まあ、増田(「はてなアノニマスダイアリー」の略語 マスダ→増田)が、匿名ゆえにもともと荒れやすいってのはあるにしても(饒舌な2chみたいな荒れ方します)、やな気分になるレスの応酬です…。日本社会のどっかにある不寛容さがモロ見えてる感じはします。

とはいえ、一般的に増田使ってる人はケンカ上等というか強者が多いみたいなんで、匿名さんも多分そんなにへこんだりしてないとは思いますが。というか、わざと理解の薄そうな人の多そうな場所を選んで不毛な争いを挑んでる感じがなきにしもあらず(ある意味、大変「男性的」というかw 無駄に戦闘的って意味で)。
自分もちょっと身に覚えありますが、荒れてる匿名掲示板に割って入って攻撃的な議論をするのって、戦争ごっこ的な楽しさがあったりも…するんですよね(汗
あの頃はバカだった…。

同じはてなでもはてなブックマークの方からこの記事にコメントしてる人は大分温度差があって、高みの見物というかそういうノリだったり、結構考察してたり。

で、本題ですが自己分析ありがとうございますww
ラビさんいいなあwww
いや、真面目にせがわさんの独自路線、色々な意味ですごい!!って思ってますよ…!自分とも周りの人々ともまだぜんぜん違って興味深いというのもあるんですが、ラビさんについては本当に半端ない何かを感じます。
思ったんですが、子どもの頃から一緒に過ごすキャラって、何かもう、セクシュアリティ云々という次元のみならず、守護神みたいですよね。少なくとも私にはそんな感じすらします…。
(↑変なこと言ってますが、とりあえずスルーしてやってください。そのうち機会があったら勝手にまた日記にでも書いてると思います…)

また今度色々語りを聞かせてください(´∀`*)

あ、それと遅くなりましたがバトン(創作系の)受け取りました〜!
ちょっと今色々ためこんでるので、反応が遅れてます…すいませんm(_)m
Posted by 管理人 at 2009年08月10日 23:34
サキオさんのお忙しいところまたまた申し訳なく、
またあまりにも長いので個人的にメールしようかとも思いましたが、
限りなくゼロに近い確率でも第三者の役に立つかもしれないのでやはり書き込みさせていただきます。
あまりにも長いのでレスは結構です。(というか、いつか新しいエントリをお書きになる時の肥やしになれれば嬉しいかも)

>日本語圏の苦しさって、少なくともセクシュアリティに関しては結局、固有の主張なり運動なりのための言説を自前でくみ上げることが出来てない所にあると思います。

仰る通りですが、運動の発祥の地が欧米だからということで、日本人が内面化しているユーロセントリズムの(暴力性)の恩恵が受けられることに満足して、「正当性」と「被害者性」を振り回してるだけで終わってるゲイリブの現状はどうかと。
それに欧米の猿真似をするならするで、何であちらさんのしたたかさをもっと見習わないのかと。
欧米の人たちは「被害者性」という武器も使いますが、「政府と戦って勝利した結果得た輝かしい権利」というのもしっかり宣伝しますしね。
アカー対東京都の裁判なんか、どうして「ゲイリブの栄光の歴史」ではなく「差別の象徴」として語られるのかいまだに分からないのですが……。
名誉白人気取りで、「ゲイリブ後進国」のヘイトクライムを喧伝して(そのくせ「先進国」ヨーロッパのヘイトクライムはスルー)、上から目線で日本人はヘイトクライムについて認識不足だ、啓蒙不足だというのは真っ先にエネルギーを投下すべき方向が間違っていると思われますし、逆に日本の状況をますます見えにくくしてしまうという気すらします。
そもそも自分のことを自分たちで語ろうとしない他力本願な人間が、リブ運動をしていると主張していること自体自家撞着なのではないでしょうか(フェミニズムの歴史なんか「男性中心主義的な言葉で女をかたること」の挫折の繰り返しだし)。

>ゲイリブより前の日本語オンリーの世界には「変なことをしてるけど、共同体の周辺でこっそり生きていますから見逃してください」とへらへら笑って終わりみたいなムードしか見つからない
正面からぶつかるならぶつかるで、それはそれでいいんですよ。
ただ、輸入学問の焼き直しすらする気がないように見えるのはどうかと。
欧米のゲイリブ理論がキリスト教的ホモフォビアを前提にしているのに、文化的社会的背景の違いを無視してそのまま日本に適用してるのはやはり問題だと思います。


>ちょっとだけ今のヲタのあり方にも通じるところがある
この辺は女性のヲタと男性のヲタではちょっと違うかもしれないので、女性に限った話をすると、まず女性の好むもの自体が「女=子供文化」として周縁化、アングラ化、不可視化されてきたので、私には女ヲタの「巣に帰る」「死んだふり」防衛術自体はごく当然に思われます。むしろ、それが内部での抑圧に繋がっているのは深刻な問題かも。
日本史を遡れば紀貫之の「土佐日記」とか女子供文化が男文化を侵食している例はあるのですが……。でもそれも後世の人間(ナショナリズムを称揚する国学者とか)が「再評価」しないと、今のような地位はなかったのかもしれないのですよね。
クイア学会の某先生が「ほっといてください」という腐女子の態度を非難してましたが、あれば「ほっといてください」というよりは、「いままで私たちを無視してきたのに、何で今更構ってくるの?」とい解釈する方が正しいような気もします。
腐女子文化が花開いたのは、「女子供文化」が見捨てられた、アングラな治外法権の領域だったからだと確信しています。

>男らしいゲイが比較的前面に出る一方で、「クィア」の概念がまるで普及しないのは私も気になっているところです。まるで一部のマニアしか使わない用語みたくなってるような…。
ヤフーの辞書で調べたら、なんと「クイア=同性愛者のこと」と書いてありましてべっくらこきました。私は「世間の価値観からズレてる人」くらいの意味で使っていますが、別に日本語で「変態さん」でもいいです。自称「変態さん」だったら、特に腐女子とかセクマイ関係の人でなくても会ったことはありますし。

>日本社会があまりにも変わらないので、それどころじゃないってことなんですかね。
「男らしいゲイ」の台頭には、日本経済が下り坂になってきて家族を始めとするいろいろな社会制度が変質してきたことが大きくかかわっているのではないかと思っています。結局「女性を所有しない」で担保される「男らしさ」って何なのかという問題ですね。ということで、ゲイを保護する制度の整っているオランダのヘイトクライム犯罪者に比較的貧困層が多いこと、彼らが「同性愛者の性的対象になることに脅威を感じた」と語っているのは示唆的だと思います。その意味では、男性の未婚率の上昇とともに日本もミソジニーに基いたホモフォビアが結構浸透してきていて、ゲイリブ関係者に歓迎(笑)されるような状況になってきていると思います。だから私はそういう動きに対する解毒作用のあるクイア運動としては、むしろフェミニズムとかやおいとか前近代の同性愛表象の再評価に期待していて、ゲイリブには全然期待していません。ゲイのことなのに(笑)。
Posted by ゆんゆん at 2009年08月11日 22:47
レス不要とありましたが、折角色々と面白そうな論点を頂いたので、一言だけ…。

某所の議論でゆんゆんさんがセジウィックにお詳しいのはわかったのですが、J. バトラーあたりはどう思われますか?(前にこれ訊きましたっけ?)

あと、クィアが出てきてから、ゲイリブはかなり(少なくとも北米の分脈では)柔軟なものになったという印象を私はもっているのですが。

ま、この辺はちょっときちんと議論するには私の方が体力不足なので、それこそ今度会ったときにでも^^
Posted by 管理人 at 2009年08月13日 23:53
レスありがとうございます。

>J. バトラーあたりはどう思われますか?
セジウィックもバトラーもそんなに詳しくはないので自分が考えてる論点とサキオさんが考えていらっしゃる論点が同じかどうか自信がありません……

>あと、クィアが出てきてから、ゲイリブはかなり(少なくとも北米の分脈では)柔軟なものになったという印象を私はもっているのですが。
彼らの間で柔軟になるのはいいんですが、相変わらず自分達を基準にしてそれを非欧米圏に押し付けるのはどうかと。クイアにしてもトランスにしても、それに当てはまる事象を非欧米圏に見つけていちいち「発見」とか「評価」とかするのは余計なお世話なんでは。
それから、非欧米圏の事象をやっぱり欧米中心的な理論体系によって「言語化」する行為が重要であると言い切ってしまうのは、やはり欧米の立ち位置の権力性とか暴力性とかを安易に肯定することに繋がりかねないので、日本人(というか非欧米人)には危険なことだと思いました。現状認識として彼らに既得権益があったとしても、それに必要以上に迎合するのはどうかという気が。
というのも、今世紀に入ってからインドでソドミー法が撤廃されたことを思い出したんですが、その理由が「植民地期にイギリスに押し付けられたものであってインドの伝統とは関係がない」ということだったんです。ホモフォビアに対するこういう形の対抗言説はゲイリブ理論からもクイア理論からも出てこないのではないかと思いました。日本でもこういうアプローチが必要じゃないかと某ゲイリブの人に言ったら「そんなの(歴史研究者にしか役に立たない)ただのトリビア」とか「オリエンタリズム」とか決め付けられましたが……(苦笑)自分の国のことなのに……(苦笑)そういう人はストーンウォール事件とかは身近に感じられるんでしょうかねえ(苦笑)
ゲイカルチャー・ゲイリブに「代わる魅力的な生き方なり言説」が日本語の世界に見えないとしたら、やっぱりそれは私たちが単に不勉強だからかもしれません。つうか単に向こう発進のゲイカルチャーが、向こうの文化というだけで(ほとんどが欧米崇拝主義者である)日本人にありがたくて魅力的でファッショナブルなものに映るだけの話なのかも。
Posted by ゆんゆん at 2009年08月20日 02:18
ゲイリブだけの特殊な思想を 他人にまで無理強いしないでほしいですよ! そういうゲイリブの歪んだ思想の押し付けが嫌
Posted by げげげのゲイリブ at 2009年08月24日 21:50
ども(´∀`)
コメと、あと別件ですがトラパありがとうございます〜!
興味深く読ませていただきました。

ゲイリブ他については、うーん、ゆんゆんさんのおっしゃることもわかるのですが、ちょっと批判対象を狭く捉えすぎていないかという気もしました…。
そもそも欧米圏の中でも色々な対立があったり、決して一枚岩ではないし、クィアと70年代的なゲイリブ支持者で仲がいいとはいえない部分もあるだろうし…。


>やはり欧米の立ち位置の権力性とか暴力性とかを安易に肯定することに繋がりかねないので、

この辺の問題は、それこそ90年代のディアスポラ系(って呼び方でイイのかな?)知識人と呼ばれてた非西洋出身ながら英語圏(いわばあえて抑圧者の武器たるべきもの)で色々言っていた人たちが論じた問題系とつながってくると思うのですが(スピヴァクの『サバルタンは語ることができるか』とか?最近は読まれているのでしょうか…)、ある種の配慮が必要とされるのは確かに間違いないです。
ただ、だからといって「よそ者には分からないんだから勝手に言語化するな」と言ってすむ問題でもない。当事者、非当事者にかかわらず言語化への挑戦を続けるべきというのは変わらないのではないでしょうか。自分のポジションを可能な限り意識した上で、何かを言う。言うことで抜け落ちてしまうかもしれない部分を意識しながらも、言葉にしていこうとする。その姿勢は大事だと思います。

なお、上述のスピヴァクはインドの出身で、もともとデリダ研究者でもありました。
一方、J.バトラーはまさにクィア理論の立役者であるわけですが、やはりデリダを非常に使っていて、バトラーとは国民国家とかグローバリゼーションとかその辺の問題で共著を書いてるので、二人は結構近かったかと。
そしてデリダ自身、北アフリカに住んでいたユダヤ系の出身ですよね(彼自身がこれについて意識した発言をしたのはだいぶ後だったかと思いますが)。
何が言いたいかというと、非西洋と西洋という問題系、抑圧者の言語とそれを使ってなにがしかを言わざるを得ない現実という問題意識は、クィア理論が依拠する思想体系を構築した人々に根底から備わっている認識だったはずということです。
(それがどう理論の内容に関わってくるのかという話になると、私自身はちょっと読みが浅い&そもそも記憶が遠すぎて、ここできちっと説明するのはムリなんですが(^_^;)

話を戻すと、これらの理論を用いて実際にマイノリティのために活動する人が必ずしももとの議論に備わっていた繊細さを認識していないという可能性はありますが、だからといって大元の言説自体を否定するわけにもいかないだろうと思うのです。
Posted by 管理人 at 2009年08月24日 22:19
>げげげのゲイリブさま


すいません、ちょうど同時にコメをしてしまったようで。
上のレスはゆんゆんさん宛です。

ええと、まあ、私自身はゲイリブ活動家でもなんでもないんですが、ただ、ゆんゆんさんもげげげのゲイリブ様も、いったい誰を念頭に置いておられるのかが私にはわかってないと思います…υ
そもそもゲイリブが主流として唯一無二のような勢力を誇っていた(というのは言い過ぎかもですが…)のは70年代のアメリカかなって認識なので。今の二丁目とか日本の文脈ではそんなにはっきりとそういう人はいるのか?っていう。

ちゃんとしたレスになってなかったらすいません。

Posted by 管理人 at 2009年08月24日 22:24
お忙しいところ、レスありがとうございます〜(トラバのほうもご覧いただき、ありがとうございます)。どうかお体お大事になさってくださいませ!

>批判対象を狭く捉えすぎ
英米と違って大陸ヨーロッパでは多様性が増してきてるのかもしれないし、その辺はサキオさんがもちろんお詳しいと思いますが、クイア理論とかでもAセクとか、小児性愛者とかを可視化とか言語化とかしなくちゃとかいう割には腰が引けてるというか、アンヴィヴァレントな態度とか見てると、それでいいんかいと思ってしまいます。
というかそもそも欧米の近代自体が反キリスト教から出発したもので、キリスト教的な文化が背景にあってはじめてアンチテーゼとして力を発揮するような気がするので、キリスト教の思想が一度として主流派になったことのない日本にどこまで適用できるのかというと、それも怪しいと思います。

>ゲイリブが主流として唯一無二のような勢力を誇っていた(というのは言い過ぎかもですが…)のは70年代のアメリカかなって認識
仰るとおりなんですが、サキオさんはともかく、日本人でLGBT(IQ)っていう言葉を名乗る人たちの理論的バックボーンって、少なくともWeb上は70年代のアメリカのゲイリブと大差なく思えます(そういう意味では大陸ヨーロッパよりかなり遅れているのかもしれませんが。さすが「ゲイリブ」後発国w)。で、彼らは日本の性的少数者を代表しているかのように振舞い、他のライフスタイルを送っている性的少数者を無視している。
本人達のブログももちろんですが(ヨーロッパのヘイトクライムはスルーなのに、日本人はヘイトクライムに対しての認識が足りないみたいな主張の繰り返しとか)、バイの人や、同性愛者でゲイリブを批判してる人のブログを読むとそういう気がひしひしとします。

>「よそ者には分からないんだから勝手に言語化するな」と言ってすむ問題でもない。当事者、非当事者にかかわらず言語化への挑戦を続けるべきというのは変わらないのではないでしょうか。
言語化自体は重要だと思いますが、私が言いたいのは、必ずしも西洋の理論体系に基づいて言語化しなくてもいいということです(差別という切り口以外の「オカマ」論とかあってもよさそうだし……。)。言語化されたものが、欧米起源の理論に接合しづらかったり、そこに居場所がないからといってオリエンタリズム(笑)や「トリビア」として片付けてしまう自称クイアな人の態度にはうんざりします。

>繊細さを認識していないという可能性はありますが、だからといって大元の言説自体を否定するわけにもいかない
デリダは全く知らず、スピヴァックもまともに読んだことがないのですが、某自称フェミニスト兼ゲイリブブロガーさんの周辺では名前が挙がってましたw
セジウィックの議論とか結構個人的にも好きだし、欧米発祥だからという理由で全く使えない訳ではないとも思うのですが、テンプレ的に欧米発祥の理論や現象を非欧米地域に当てはめて、うまくあてはまらないというならまだしも、あてはまらないものを曲解したり、無視したりするのはどうかと思うのです。クイア分野だけじゃなくて、アカデミズムでもよくある間違いですけど。「ホモフォビックな前近代(そもそもこの出発点が非欧米圏では間違いだし)→ゲイリブ→クイア理論」という単線的ハッテン(笑)段階論のフレームワークを絶対視した上で、欧米=先進国、非欧米後発国とするのは、マルクス主義的史的唯物論者がよくやってた間違いと全く一緒です。
Posted by ゆんゆん at 2009年08月25日 02:59
★ゲイリブの愚かさの特徴★
・社会の寄生虫である
・すぐムキになる
・中身がないので言葉で自分を飾り立てて立派に見せようとする
・自己解決をすぐ諦め大多数派のゲイに擦り寄ったり他者にすがる

・努力不足を認めずすぐ社会のせいにし、自らを社会の被害者だと信じて疑わない
・自己主張とわがままを履き違えている
・こんな哀れなゲイリブを受け入れてくれない社会はダメだいつでも出て行ってやると言うが絶対出て行かない
・親や周囲の人間を不幸にするのが得意

・ゲイリブという特殊な環境でしか生きられない自分が攻撃されると他者に標的を逸らさせようとする
・都合の悪い話題になると話のすり替えを試みる
・自分の置かれた立場に鈍感である
・前頭葉が退化してるので自分で物事を判断できない

・コミュニケーション能力が低いのでどんな社会になってもオチコボレの域を脱せないことがわかっていない
・社会のオチコボレなのは本能的に感じているので、実は民主主義が嫌い
・特殊主義る容貌のゲイリブなのに人の目をやたら気にする
・人生上の過ちを過ちとして受け入れず次に生かそうとしない
・まともな恋愛をしたことがないので他者への思いやりに欠け自己中である
・厳しい現実を突きつけられると陰謀論を唱え、周囲の恐怖を煽ろうと試みる
・都会に出てこれなかった残りカスしかいないのでいつまでたっても幼稚で成長できない
・いずれ誰かが何とかしてくれると甘い期待を持つ
・自らの「責任」「負担」は忌避するが、他人にはそれを厳しく求める
・自己弁護のはずが、いつの間にか日本崩壊待望論になっている
・立場の危うさを指摘されると、相手を同類認定しその範疇に取り込もうとする
・超少数派である特殊なゲイリブと大多数派のゲイの区別ができない
・多様な価値観が理解できず自分の価値観が正しいと思い込んでる
・一般社会でもゲイの社会でも理解不能で意味不明の特殊なゲイリブ語を使う
Posted by ゲイリブの特徴 at 2009年08月25日 03:28
横レス、失礼します。
ゲイリブの特徴様、いろんなブログにマルチポストをされるのであれば、いっそご自分のブログをお作りになってトラックバックをされた方がよろしいのでは?
Posted by ゆんゆん at 2009年08月26日 00:19
クレーマーのゲイ・アクティビスト
=(人権団体を名乗るホモの中でも特殊なクレーマー集団)が

これをネタに差別・迫害と騒いで飯の種にしそうで、

そっちのが怖いですね。
Posted by ゆうゆ at 2009年11月13日 06:52
今、何の苦労もなく愚鈍な怠け者たちが自由なゲイライフを送れるのは

ゲイ・リベーションの活動家たちの先人の努力と功績があるからじゃないの?

ゲイ・リベーションの活動の努力なくして

ゲイが生きにくい時代に今みたいな活動が出来た訳?

ゲイにとって生きやすい今の時代になったのを感謝しなさいよ。まったく

それを、
さも、脳なしの自分達が気に食わないからって。

華麗なゲイ・リベーションに参加しないで嫉妬するって、

意識が低すぎて話にならないわ。
Posted by 同意 at 2010年01月21日 03:58
■東京プライド配下のゲイリブアクティビストボランティアは
通常の社会に適応できないので、
寄付金や助成金に頼らないと表経済では生きていけないので、
自然発生的にできた巨大な裏経済(顰蹙を買うこと)で生活を維持している。北朝鮮経済は貨幣経済以前の状態にある。

■ゲイリブのコミュニティでは
東京プライド幹部の内部闘争でも
寄付金行脚の無償労働奉仕に出なければならず
その中で最もきついのは東京プライドパレードの名のもとに
駆り出される寄付金目当てのための強制労働である。
ゲイリブアクティビストの歪んだ社会では
働こうが働くまいがもらえるのは粛清とわずかの顰蹙、
それに内輪もめだけである。
社会に適応できなかったゲイリブ経済は
表も裏も社会に寄生する搾取経済である。
その最たるものがゲイリブに敵対する社会に対する搾取である。
東京プライドをはじめゲイリブの経済を支えているのが
助成金やカンパや寄付金だからである。

■社会に適応できなかったゲイリブは
経済的に非常に逼迫した状況にあり、
東京プライドとしては絶滅宣言に踏み切るか
伝統のでっち上げ騒動や抗議活動をおこして
ゲイリブ反逆勢力の不満を外に向けさせる以外にない。

■下層のメンヘラのゲイリブをボランティアと言う美名のもとで
こき使いながら寄付金行脚させている疑惑の組織は
ゲイアクティビストだけである。
東京プライドのゲイリブ幹部に異議を唱える者には
徹底的に粛清し追放しゲイリブ政治犯と認定するなど
東京プライドの陰湿な本質が表れている。

■ゲイリブは受け入れてくれない社会に対する
たかり体質を強めている。
ゲイリブと言う底辺の社会でしか生きる望みがない
惨めで哀れなゲイリブは、
ゲイリブ政治犯強制収容所から釈放してもらうため
泣く泣く身代金として寄付金を払っているのである。
Posted by ゲイリブが同性愛者からでさえ批判される理由 at 2010年02月12日 02:44
過去記事へのコメントありがとうございます。

私自身は少数派の権利について行動し、闘った全ての先人に対して敬意の念を持っております。ゲイリベレーションの運動につながる各種の政治・文化的催し物、例えばパレードなどは純粋に文化イベントとして好きです。
特に国外での生活を行っていたころはよく参加していました。

他方で全ての運動には共感できる部分と違和感を感じる部分の両方があるのが通例です。
単純に全面肯定も否定する気にはなれません。
これが私の見解です。

なお、このコメント欄上でこれ以上、私はゲイリブへの「賛成・反対」という問題について特に意見を表明したいと思っていません。
この問題についてのこれ以上の論争は、もっとこの問題について読者の関心も高く、適切な場所で行っていただけるようお願い申し上げます。

そのようなわけで、このコメント欄が所属するブログの記事からこれ以上離れた書き込みが続いたり、ゲイリブへの政治的な賛否について同種の文面が続くようなことがあれば、管理者権限としてコメントの削除もあり得ます。
何卒ご了承ください。

Posted by 管理人 at 2010年02月12日 09:45
そんなに違和感を異常に感じて、

被害妄想を悪化させるならば、

似たような抗議活動を飯の種にしているゲイ・アクティビスト(ゲイリブ)に仲間入りした方がいいですよ。
なにしろゲイリブには数々の抗議の実績があります。
あのゲイリブが主催している東京のゲイパレード(東京プライドパレード)を、
大手マスコミが無視したと騒ぎを仕掛けて、
とうとうゲイリブ総動員で組織的に抗議して、

LGBT(同性愛者)の大半からゲイリブがヒンシュクを買い批判され敬遠されましたし。
Posted by 違和感と吠えられても at 2010年04月23日 05:55
アドバイスどうもです。
ちょっと違和感と吠えられてもさんの主張の趣旨と自分の日記の内容がかみあっていないように見受けられるので、おっしゃりたいことがわかりませんでしたが…。

パレードならあちこちで何度も参加したことありますよ。
あとアクティヴィズムと「普通の生活」は違和感とほえられてもさんが思ってるほど遠いモノじゃないです。カタカナ単語になってるから何か別世界のことに感じてるみたいですが(まぁ、さすがに運動を組織する側になるには色々別の能力がいるでしょうしそこまでのレベルに自分は至ることはないでしょうが)。
ところでここはどっちかつうと腐女子同人の日記です。違和感と吠えられてもさんの吠える場所はここではないような気がします。

まあ、こちらはレスして朝の暇つぶしにはなりましたが。
Posted by 管理人 at 2010年04月23日 10:26
あの〜。

東京プライドパレードって、
特定の政治信条に意図的に誘導するためのデモ行進ですよね。

くたばれ天皇制のプラカードが目に飛び込んできて驚きました。

天皇制が同性愛者に何かしたなんて思えないし。

東京プライドパレードに協賛してる企業って、
天皇制に反対なんですか?
東京プライドパレードの実行委員長が日の丸君が代反対の人物なのは有名ですよね。

都立高校音楽教師の岡部芳広教諭【べーすけ】さんも、
君が代日の丸起立拒否で東京都に訴訟を起こした活動家だし、
砂川秀樹さんも日の丸起立拒否した教師でしたよね。

Posted by 秀子 at 2010年12月08日 07:10
えーと、パレードに色々な信条の人が集まるのは当然で、今年のパレードの場合もテーマごとにいろんな人がいたと思います。
同じように、プライドパレードに協賛してる企業も非常に色々で、とても一つの立場に収斂するものではありません。
だいたい、今年は確かリーマンサックスとかグーグルとか来てましたが(それで一部では物議を醸しもしましたが)。

そもそもおっしゃっていることがよく分からないのですが、そういう主張をしている人と一緒に歩いたからと行ってどうして「誘導」されるという表現になるのでしょうか。別に、どう考えるかはその人の自由なのでは。
だいたい、天皇制反対の人を見ただけで「誘導」されるといえるならば、皇室に敬語を使う新聞を読まされるのだって、毎日天皇制賛成に「誘導」されているようなものだといえませんか。

ちなみに、日の丸君が代反対って何か悪いことですか?
賛成な人がいるように、反対な人がいる。ごく自然じゃないですか?
日本は一応、言論の自由が保障された国ですよ。
何についても賛成を叫ぶ人、反対を叫ぶ人、両方が視界に入るのが自然じゃないですか?
Posted by at 2010年12月08日 17:11
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