2011年05月15日

えんびたんと喪失感について(何というタイトル)

あっという間にGW終了からも一週間が経ちましたか…
早すぎてクラクラしてきます。あのときは楽しかった…(遠い目
なんかエンビたんはミロス映画に出ないらしいですね。エンビたんのでないミロスなんて正直、溜息が出ますけど…まあ、夏の恋なんてそんなもんですよね。期待だけさせられてリゾートに行ってみたらお目当てのあの子にはすっぽかされてる(何の話



サイトの方にはもう更新として出ていますが、通販を開始しました。
細々とお届けしたいと思います。既にご関心を持ってくださった方、本当にありがとうございます!

また、リンクも少しずつ追加させていただいています。
今年の春前後から慌ただしくて、リンクページの更新作業が滞っていましたが、少しずつペースを戻して行ければと思っています。


なお、変なタイトルの記事ですが、このあと何だか一人で語りたくなったので、ごちゃごちゃとエンビたん語りを書かせていただきました。
お暇のある方だけどうぞw






最近気づいたのですが、えんびたんのことを考えるとき、何だか喪失感、それももういなくなってしまった誰かのことを思い出すような感情を抱くことが多いです。23巻のせいというのはすごくあるのですが、でも思い返すと、割と最初の頃からその予兆があったように思います。

言い換えると、私が原作を読んで変な時期に鋼(えんびたん)にメロメロになったとき、まだえんびたんは充分活躍をしていました。しかし、心のどこかで、えんびたんをこの世のものとは思わない感覚があったような気がするのです。

そんなことを最初に強く意識したのは、あるささいな出来事がきっかけでした。
サイトを作って間もない最初の頃に描いたえんびたんの笑顔の絵があったんですが、だいぶ時が経ったある日、偶然、それが外国のブログサイトに貼られているのを発見したのです。
それも、エンヴィーが死んだ回についての感想を書きつづった内容の記事に張られていました。
無断転載ヤレヤレという話なのですが、それとは別にちょっと衝撃を受けました。というのも、その絵はえんびたんが本誌で元気満々だった(クリオネになってましたが)ころ描かれたものなのに、そうしてみると妙に「追悼記事」にぴったりだったからです。
なので、まるで知らないうちにその日のための「遺影」を仕上げていたような、奇妙な感覚に囚われました。

最初の頃から、えんびたんの笑い方(漫画のあれです)には特徴があると私は感じていました。恥ずかしげもない満面の笑顔を見せてくれるわけなんですが、それは同時に、何かを覆い隠してるような、見る者の心にちょっと引っかかる感じの笑い方な気がするのです。
たとえば、実はすごく大きい穴を心に隠してるんですよとか、そういう連想をさせる表情に、ちゃんとなっている気がするんです。
(件の絵は現パロなので、実はその笑い方とは少し変えてあったのですが、それでも同じ雰囲気を引きずっているとは思います。)

こんな風に思う一番の原因は、えんびたんが空元気でいつまでも若々しい顔をしているキャラだからでしょう。それも、単にホムンクルスだからというのではなく、例え人間だとしても、三十歳、四十歳になったときどういう顔をしてるのかを想像するのがちょっと難しい外見にデザインされていることは大きいと思います。ラストやグリードと比べても、本当に、一瞬を閉じこめたような外見になっていると感じる(私の思い入れフィルタのせいもあるでしょうが)。

ある時期を越えて「大人」になることがない存在。あらかじめ未来の時間を奪われていて、しかもそのことを自分で自覚してる。だけどその喪失感を覆い隠して、人間を笑ってみせる。

どうもえんびたんというキャラに対して、私は勝手にそういう感じを抱いてしまっているようです。
だから、まるで失われてしまった何かを思うような、ねっとりとした眼差しをえんびたんに注いでしまうのでしょう。

何だか語ってしまいました。


posted by サキオ at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ただの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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