2007年10月04日

ハンタ24巻

ハンタ24巻読みました。以下、ネタバレにならない程度にまた感想です。
いやー、初めて読む回も結構あったんで、普通に楽しかった。お腹いっぱいw
ゴンキルがいいのはもう言うまでもないとして…
改めて思うに、数百万の民衆が動く一つの国の中、6−7人の超人(正確にはキメラアント)が守ってるアジトを主人公側数名で攻略するっつう、これまたありえない設定をある種のリアリティをもって描き出すという手腕、やっぱすごいですわ。WJの漫画って、力のインフレ現象とでもいうか、主人公含め少数の天才が延々と戦い続け、彼らがどんどん強くなっていって、しまいには彼らの力だけで世界の全て(もしくはあるスポーツの競技、武術など)が動いてるみたいなムードになりやすいところがあるじゃないですか。俺と敵が世界をかけて戦うぜ!みたいな。ある種の武闘派セカイ系とでもいうんでしょうか、こういうの?(いわゆるセカイ系は主人公の心がセカイのあり方を変えるので)。
ま、それがまた読んでる側にある種の陶酔感を覚えさせるし、楽しくもあるんだけど、いずれにせよ「うわ、あり得ねーw」みたいな。嘘っぽさはどうしてもつきまとう。お前ら以外に人いないのかよ?みたいな。

トガシさんも少数の超人で物事が動いてしまっているという図式(WJだし)で話を作る点では同じなんですが、それでも彼の漫画は、なんか、「俺と敵」の二項対立に還元されない世界の奥行きを感じるような気がするんですよね。つまり、主人公達(俺)、敵側が戦っている空間、それは一つの国であり、地形があり、制度があり、多くの民衆もいる。そして強さ以外の様々な要因や偶然で流れが一気に変わる可能性がいたるところに満ちている、と思わせるように物事が描かれている。
とことん「あり得ない」状況を緊迫感をもって描写する。これはやっぱりなかなか出来ないことです。現実にありそうな状況をシュミレーションするのとは違う能力要求されますしね。多分、トガシさんの細部にこだわる感覚が上手く動員されてるんでしょう。



話は変えて、萌え方面。
24巻読んで唐突に、私、思い出しました。自分が21巻でゴンキルに激ハマリしたわけを。
その巻で、キルアがけなげで色っぽかったからというのはもちろんなんですが…

パームの存在、なにげに大きかったかも。

はぁ?と思われる方も多いでしょうが…パームxゴン、私はみててそこそこ楽しいんですね。ゴンの、天然なくせに食えないお子様ぶりがいい具合にアクセントとしてきいてる感じで。
しかし、一番素晴らしいのは、これ多分作者はわざとなんじゃないかと思うんけど、パームが出てくるとキルアが何故かかわいそうな目に遭うということ(笑
もしくは、キルアがゴンのために苦労をしたり「お前のフォローに徹するぜ!」な描写の前後に、ゴンがパームと話してたり、またはパームの名前を口に出したりする。
その手の「キルアはお前のためにこんな目に遭っているのにお前はw」な展開をみるたび、ぶっちゃけエクスタシーっつうか…要は、Sなんですかね。

つまり私にとって、「パーム+ゴン→キルアがけなげでセクシー」の化学式が成り立ってしまってるので、もうパーム出てくると「キタキタキター!」な気分になっちゃうんですw

業が深いというか…とことん三角関係(その内実はどうあれ)の匂いがするカップリングが好きなんだと思い知った…
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