2007年12月06日

キルアの自由

WJよみました。

以下ネタバレ有りのつぶやき(ほんとにちょろっと)。もうクライマックスへの高まりがどんだけ半端じゃないんだっていう気がしました。
シュートもナックルもモラウも…
あの秒読みの緊張感はすごい。

そしてゴンとキルア。
多分アレは、何らかの意味で決定的な瞬間…を暗示しているんでしょうね。
ゴン振り向かないし。

ここで初めて二人の道が本当に分かれたっていう見方も出来ますね。そして、ゴンもそれでいいと思ってる。だから振り向かないのかな、とか思ったり。

ごく個人的には、あの描写に奇妙な感慨と安堵が入り交じった気持ちを覚えたなあ。
あんなにギリギリの状況で、それでもキルアがまた一つ、自由になったんじゃないか、みたいなふうに感じたから。
この回を見たとき、思ったんですよ。ハンターハンターって、ゴンが冒険して成長する物語であると同時に、キルアが少しずつ自由になっていく物語なんじゃないかなって。
だから、キルアにとって、故郷の家を飛び出してゴンと旅をしたのがその一つめの段階だったなら、ゴンといながら後ろへと駆けだしたあの瞬間は二つめの段階だったように私には見えた。(ひょっとしてそれで死亡フラグたつにしても。)

キルアって、家族の操り人形から友達の道連れにはなったけど、何だかゴンのためだけに動きすぎてるっていう印象を私はずっと持っていました。つまり、独りぼっちの状態から信頼に足る他者を見いだしたはいいけど、今度はその他者との二者関係の中に閉じこめられたなっていう感じ(ここからゴンキル妄想も出てくるわけだけどw)。
でもそこから、三人目の存在(イカルゴ)が見えたとき、きっとキルアの人生にはまた違う風景が見えてくるわけで。
別にイカルゴが彼にとって大事になってよかった、というだけの意味ではないです。
そうじゃなくて、それまで彼の行動を縛り規定していた要素、例えばゴンという道しるべのような存在であったり、自分が張り巡らした計画(この綿密さは暗殺者としての過去の習性ともつながりますね)であったりというものを、更に別の存在のため、度外視することが出来たのが重要だと思ったのです。
その瞬間を自由っていうんだと思うんだ。ごく個人的には。

そしてあのとき、逆説的にも、キルアはゴンに限りなく近づいたんじゃないかな。
だって、ゴンっていわば、キルアが憧れた自由意志と行動の象徴だったわけだけら。
彼についていくのはなくて、背を向けることでこそ、実はその精神の有りように無限に迫ることが出来るわけで。

飛び出した先に何があるのかはわからないし、ひょっとしたら破滅が待っているのかもしれないけど。

…なーんて、いつものくせで解釈をこねくりまわしてしまいましたw


当たってるかどうかは別として、私、弱いんですよ。自由への跳躍!みたいなネタとか、別れることでむしろ絆が永遠になるとかそういう雰囲気に。
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